21世紀の医療像

医療の効率化再考

Teeth color as a cultural form

論文・発表

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深川歯科

歯科医療のマクドナルド化と歯科医師

医療法人社団敬和会 深川歯科
深川雅彦


Abstract
The concept of “McDonaldization” is rapidly taking over both the American and Japanese societies and also spreading into health care. “McDonaldization” is an expansion on Max Weber’s theory, which focuses on rationalization. George Ritzer defines “McDonaldization” as the process by which the principles of the fast-food restaurant are coming to dominate not only American society but also the rest of the world. This is not, as Ritzer demonstrates, limited to the fast-food industry, but applies to a wide range of social aspects, including medical care. McDonaldization offers an efficient method for satisfying consumers’ needs to get medical services for less effort and money. Health care has been McDonaldized by pursuing efficiency and rationalization in consumer society, emphasizing the commodity aspect of health care services. Ritzer also argues that “McDonaldization” leads to dehumanization, which in turn results in a decline in the quality of medical practice and a deterioration in the health of patients. The main idea of Japanese health care systems has changed from “equality of outcome” to the philosophy of “McDonaldization”, especially efficiency, under the Koizumi Government. Although we have to admit that the principles underlying “McDonaldization” contributed to the development of capitalism, the pursuit of rationalization, the central consequence of “McDonaldization”, brought about the result of denying human reason. Since medical practice is based on a face-to-face interaction between the physician and the patient, the inhuman system resulting from “McDonaldization” is not desirable for health care. This paper discusses the impact of “McDonaldization” on Japanese health care, including Dentistry.

キーワード:マクドナルド化、効率、合理性、市場主義

1. はじめに

日本政府が推進している構造改革自由の基本理念は「効率性」と「合理性」の重視である。効率性と合理性の重視は 新自由主義思想であり、かつて英国サッチャー政権と米国のレーガン政権 に採用された政策である。その理念は現在では米国の市場主義政策に引き継がれ世界に影響を与え続けてきている。日本でも市場主義は産業界のみならず医療行政にも拡がりつつある。

市場主義に関連した効率性・合理性重視の影響についての重要な議論の一つに社会学者ジョージ・リッツァの提唱する 「マクドナルド化」 (McDonaldization)という概念がある。ハンバーガー・チェーンのマクドナルドに代表される効率性・合理性中心の考え方が、ファースト・フード産業ばかりでなく、社会のさまざまな領域においても見られるようになっている、というものである。その一つとしてリッツァは「マック歯科医師」なるものがアメリカ合衆国において登場している、と述べている。

この「マック歯科医師」とは、簡単な処置だけを予約なしでいつでも必要な時に提供するもので、消費者化する患者の要求に効率よく応えようとする流れの表れである。一見、この流れは患者の要求するものを的確に提供するという点で、歓迎すべきことのように思われる。しかし、リッツァ自身も指摘していることだが、実はこうした効率性追求は「合理性のはらむ非合理性」(the irrationality of rationality)という現象をもたらす。すなわち、「合理的システムが非合理的な結果をもたらす」というのである。この非合理性は、主に人間理性を否定することになる。従業員である人間に考える余地を与えないマクドナルド化によって、たとえば高度なマニュアル化が行われ、システムが非人間的なものになってしまう可能性がある。
本稿では、リッツァの議論を元にマクドナルド化された歯科医療の帰結について考察を加えるとともに、歯科医療に携わる者が、日本の医療界に浸透しつつあるマクドナルド化にどう対処すべきかを検討する。


2.マクドナルド化と消費社会

2.1.マクドナルド化の特徴

リッツァはマクドナルド化を「ファースト・フードの原則がアメリカの社会と同様に世界の国々のますます多くの分野で支配的になる過程」と説明している(Ritzer、 2000、 p.1)。リッツァは、この現象がファースト・フード産業界のみならず医療を含む広範囲の社会に適用されることを指摘しており、マクドナルド化の4つの主要な特徴として効率性efficiency、計算可能性calculability、予測可能性predictabilityおよび制御controlを挙げている。
マクドナルド化の第1の側面である効率性とは、 作業能率を向上させ最小のコストや労力で目的を達成する最良の利用可能な方法を選択することである。効率性は消費者が要求するものを素早く簡単に入手できることを目的とする。例えば、ファースト・フードレストランのドライブスルーは、消費者が自動車から降りることなく会計を済ませ商品を受け取ることができるという点で効率的である。
2番目のマクドナルド化の側面は計算可能性である。計算可能性は数量化可能なものを重視する。計算可能性は金額や時間だけでなく労働やサービスまでも数量化する。現代社会では、この数量化の傾向はコンピュータの出現によりさらに促進されている。また、計算可能性は大量の商品を供給・消費するシステムのように質より量を重視する。マクドナルド化に慣れた人々は量への関心を示すが、計算が難しい質への関心は薄い。
マクドナルド化の第3の側面は予測可能性である。予測可能性とは均質化や画一化の追求により製品やサービスがいつどこでも常に同じであることを保証することで、消費者は将来起こることが予測可能となり日々の暮らしに安心感が持てるようになる。マクドナルド化は製品やサービスの均一化を目指すので、 ファースト・フードレストランでは消費者はどの店に行っても期待した同じ製品を求めることができ同じサービスが受けられる。
マクドナルド化の第4の側面は制御である。制御とは人間の能力を人間によらない技術体系やシステムで置き換え人間を技術体系やシステムに制御させ従属させるものである。マクドナルド化された組織で働く人々は、挨拶の仕方からコーヒーの温度までマニュアルに従って対処するように厳しい制御を受けている(Ritzer、 2000、 p.14)。マクドナルド化された社会はマニュアルや規則により人間を管理し、機械という人間以外の技術体系で作業を単純化し、人間の考える必要をなくす脱人間化を促進する社会である。


2.2. 医療の消費社会化

マクドナルドの生産から消費までのシステムが元となる効率的で計算可能性や予測可能性に支えられた消費生活が世界に拡がりつつある。 最近では医療もマクドナルド化の様相を呈してきている。
現代消費社会ではマクドナルド化の要素が生産のみならず消費生活にも波及している。 時代の豊かさとともに消費の様相が変化して行った。かつては大量生産・大量消費という形で消費生活が営まれていたが、消費者は消費の量的拡大を追い求め、画一的な大量生産品を安価でスピーディーに求めるだけでなく、何でも商品の形で入手しようとする (間々田、 2000、 pp.129-130)。このような消費の側面の変化が、医療にも影響を及ぼしている。消費社会においては医療もまた商品であり消費の対象であるので、医療行為を行う医師は医療サービスの供給者であり、患者はサービスの消費者となる(足立、1994、p.77)。 消費社会では、 患者は単なる医療の受容者ではなくあらゆる医療サービスから気に入るものを意図的に選択する医療消費者へと変容した(Nettleton、 1995、 p.154)。 現代社会では、生活必需品のみを消費するばかりでなく、医療や身体やサービスなどがすべてのものが商品化され消費の対象となり得る(Henderson and Petersen、2002、 p.2)。 このように現代は健康、医療、身体まで商品化し消費する医療消費社会と化している(Fukagawa、 2002、 pp.97-102)。 このような消費の傾向は、競争により消費財の価格を下げサービスを向上させ経済を活性化させる新自由主義経済政策と結びつき1980年以降先進各国に拡がっていった。


2.3. 医療のマクドナルド化とその問題点

消費社会で、企業は収益を上げるために商品生産や販売に市場原理である自由競争を持ち込んだ。 選択の「自由」が保障されれば経済が成長する、という思想が経済社会の根幹をなしている米国では、競争原理が消費者の医療サービス選択を可能にするという理由から市場主義が医療に導入された。 「自由」を重視するマネージドケア(Managed Care)制度がその良い例である。(池上、1996、 pp.86-88) マネージドケア制度は米国のクリントン政権下で医療保険制度の改革の一環として、医療コスト削減の目的で導入された。 選択の「自由」を重視するマネージドケア制度では「費用負担に応じて質の高い医療が選ぶ」ことが可能となる。 このように市場原理はマクドナルド化で補完され消費社会を支える理論として米国を中心に先進諸国の医療政策に組み込まれていった。

日本では消費者の間で「3時間待ちの3分診療」など医療への不満が高まり、また、医療費の高騰が社会問題となっている。市場原理により効率性が高まるとともに医療コストが下がり、医療費抑制が可能になるという論理から、米国に追随して市場主義が日本の医療政策にも採用されるようになった。 例えば、日本では患者は医療機関を「自由」に選ぶことができる。仮に、ある患者が待合室で長時間待たされるなど医院の提供する医療サービスが効率性に欠けていると不満を抱けば、その患者は転医することになる。 この傾向が多くなればその医療機関は経営的に立ち行かなくなるので、患者の要望をくんで効率性を追求せざるを得なくなる。 このようなマクドナルド化の要請が市場主義と結びつき日本の医療政策に影響を及ぼしている。 消費社会では消費の選択権は消費者にあり、消費者の利益を優先するため市場主義原理により非効率的事業者は排除され、消費者の選択により医療機関の間で競争原理が働く。
「自由」を尊重する市場主義の医療政策の下では健全な医療システムの破綻を招くばかりでなく、有限な医療資源の公正な配分を歪めてしまう(深川、 2003、 pp.165-175)。 例えば、一部負担金の増加は低所得層を医療から排除することになり「結果の平等」理念を反映しない。個人負担金が上昇すると消費者は受診抑制により必要な医療サービスまで受けられなくなる。構造改革によりマクドナルド化の主要素である効率性を高めようとすると、保険制度の公平性や安定性は犠牲になる。市場主義が過剰に医療に適用されれば高所得層は最高のレベルの治療を受けることになる一方で、低所得層は質の低い治療しか受けられない、ということにもなりかねない。
消費者主権の観点に立つ市場主義は経済を活性化するという点では賞賛すべき成果があったが、サッチャー政権以降の英国金融界に見られたように、規制緩和の結果、競争の激化に伴い詐欺まがいの取引が増加し、信用が低下し従来の慣習の枠組みに頼れなくなったために、一般大衆を守るために規制が強化されなければならなくなる、という逆説的な結果を生んだ。(Dore、 2001、 p.163)医療においてもサッチャー首相は市場原理を導入して、受療機会の「平等」を主張していたNHS (National Health Service) を効率化しようとした。しかし、 NHSの予算を厳しく制限したため1980年末には年間3万人の看護婦が給与に不満を持って仕事を辞めた。医療コスト削減政策のため熟練看護婦が不足し入院待機患者は増加した(Bodenheimer、 1998、 pp.166-169)。マクドナルド化した社会は競争原理により効率化が進む一方で、利益追求により社会が不安定になり国民生活に不安がもたらされる、という矛盾を含む。


3. 合理性のはらむ非合理性

一見合理性を追求しているように思えることが実は非合理的な結果をもたらすことがあり、リッツァは、マクドナルド化の4つの側面に「合理性のはらむ非合理性」としてこの特性を加えている。 (Ritzer、2000、 p.16) 市場主義の主要素であるマクドナルド化は医療にも影響を与えている。マクドナルド化により、株式会社の医療への参入、医療機関のフランチャイズ化、保険者の機能強化策として医療内容や医療費決定権への介入など、医療システムも変化を強いられている。マクドナルド化の進展により社会全体に脱人間的システムが拡がっている。合理化の追求により非合理性がもたらされる社会では、医師患者関係はますます希薄化し、歯科医師の行動がマクドナルド化のシステムに制御されやすくなるという危険性もはらんでいる。


3.1. 人間性から脱人間的技術の方へ向かう医療

マクドナルド化は、効率性や合理性を追求するため人間の能力を人間によらない技術体系に置き換えようとする。つまり、合理性の追求はかえって人間性を失わせることに結びつく。現代医学における診査機器の増加が良い例である。機器の発達やコンピュータの導入により人間によらない技術体系で病気の診断がなされるようになってきた。精密機器の利用により医師のヒューマン・エラーといった不確定要素が排除できるからだ。一方で、この合理化のプロセスは医師に対し脱人間性の結果を招く。かつての医師は患者に一対一で向き合い、患者との対話や患者の身体の観察を通して診査を行ってきた。医師は患者の脈を取り身体に手を触れて病気の状態を調べた。しかし、現代医学では病気を身体の部分の異常とみなし、治療はその部分の修理と考えるため、人間によらない機器による診査検査を通して体の一部分の異常を発見し診断を下す。この人間によらない技術体系による診査・診断法が現代医学の特徴である。現代医療が人間によらない診査機器を重視する背景には、医師が患者の身体を部品の集合とみなす近代医学以来のまなざしが見て取れる。医師がかつて病気を体全体に関わるものと考えた視点から、人間の体を部品の集合体とみなし病気はその身体の部品の異常だと考える視点にまなざしは変化した(波平、 1990、 pp.98-101)。患者は疾病観や生命観などの多様な価値観を有しているので(Hogg、 1999、 pp.8-9)、患者の社会的・文化的背景を理解するためには、治療に際して患者の多面性を尊重し医師と患者がじっくり向き合える環境作りが必要である。


3.2. 合理的システムによる人間の制御

マクドナルド化による人間の制御は消費社会の歴史と関わってきた。消費社会は1920年代にアメリカで出現した (Schor、 1998、 p.8)。当時の消費の特徴は、ヘンリー・フォードによって考案された生産体系でフォーディズムと呼ばれる均一化された物を大量生産するというものだ(Giddens、 2001、 pp383-384)。フォーディズムではベルトコンベア−を用いマニュアルに従って労働者が作業するシステムなので作業効率は向上し、労働者はマニュアルに従って同じ作業を繰り返すだけなので熟練は必要としない。ベルトコンベア−のように人間によらない技術体系で標準化された工程に従い効率よく均質な製品を大量生産していくフォーディズムのシステムはマクドナルド化の理論の原型であった。
消費社会では、医師は効率良く患者を診ることが要求される。効率的で合理的なシステムは多くの長所と利便性を持つが、一方ではマクドナルド化は高度なマニュアル化によって、システムが非合理な結果に結びつく可能性がある。マクドナルド化は人間の思考の余地を排除しマニュアルに従うことを要求する。ファースト・フードレストランでは接客法からフライドポテトに塩を振る操作まで細かく手順が決められている。高度にマニュアル化されることにより従業員は何も考えずに済む。マニュアルを忠実に履行することで均質な商品を作ることが可能になるのでマニュアル化は合理的システムであるが、従業員の個性など人間的価値の入り込む余地は無い。従業員は機械のようにただマニュアルの指示に従い行動することが要求されるので人間理性に基づく判断能力を失う。この非合理性は、主に人間理性を否定することによる。このように、マクドナルド化された社会では人間の思考は常に制御を受ける。
マニュアル化は医療にも採用されつつある。患者の症状からマニュアルに従って診断・治療を進めるというものである。確かにコンピュータを適用したマニュアル化により診断の精度は上げることが可能であろう。従来、医師は診療に際し肉眼により患者を観察し対話を通して患者の状態を把握してきた。治療において患者との対話を重視する医師の姿勢は患者と医師の信頼関係を築く目的だけでなく、患者が自覚しない病気の本質の発見に医師の経験知識や勘を働かせるためにも必要であるからである。診断・治療のマニュアル化が推進されれば、医師の知識や経験は重要でなくなり、また、患者と医師の人間的側面を医療に反映させることは困難なものとなるであろう。
さらに、この医療のマニュアル化は医療費抑制を促進する手段としても用いられる。医療は、様々な規則や組織および官僚制によって制御される(Annas、 1989、 pp34-47)。米国の医療制度では市場主義が徹底している。米国のマネージドケアシステムは治療の適切性を事前・事後に審査し、医療行為を保険会社が制御するもので医師の裁量権が大幅に失われてしまう制度である(李、 p.4)。マネージドケアは医師以外の保険者が医療を管理する制度で、医療提供者に対して医療行為や診療報酬の制御を行う主体と考えてよい(山崎、2003、 pp275-279)。実際、医療機関は保険会社の値下げ要求に屈せざるを得ず、医療報酬は削減される事態が起こっている。
マクドナルド化が進む日本の社会では医療費を削減するため、診療内容を歯科医師の判断から健康保健組合の判断に委ねることが考えられている。現在、日本では保険者と医療提供者の直接契約や保険者の裁量権の拡大が検討されている。これは患者と医師という当事者同士の合意により治療の意思決定や治療行為を進める従来の医療に、効率よく医療費削減したい保険者の意向を付加するものである。保険者の裁量権の拡大により、マクドナルド化に陥り医療費の下方硬直性につながるとみてよいだろう。この医師によらない医療の管理では、病名に対する治療内容は標準化され傷病名ごとに治療手順がマニュアル化されることが予想される。病名から治療法と治療費が決められ、保険者の決定したルールから逸脱した治療は制御を受けるので、歯科医師はマニュアルに従って治療をするようになる。マニュアル化の結果、合理性や効率性に沿わない検査や治療は排除されるので医療費の削減には効果があるかもしれない。このような動きが拡がれば、すべての歯科医院において一つの症状に対して同じ処置、同じ治療費となる。医師には考えることは求められずマニュアルを従順に守ることが要求される。その状況下では医療行為に歯科医師の人間的価値や医師としての知識や経験による思考判断は反映されなくなる。このように、医療のマニュアル化は医師の人間理性をも否定する側面がある。


3.3. 不利益を被るのは常に患者

合理性のはらむ非合理性の最後の事象は、合理的に計画したはずなのに実際は合理的に機能しない状態である(Ritzer、 1998、 p.111)。たとえば、ファースト・フードレストランでのドライブスルー方式はハンバーガーを受け取るには効率的であったかもしれないが列を作り車で待つことは客にとっては大変非効率である。リッツァは、医療について以下のように述べている。「短時間に患者を診る事でより多くの患者を診察し、治療費の払えない患者を排除し、高い治療費を払う患者だけを診れば病院の収益は増加するであろう」(Ritzer、 2000、 p.70)。マクドナルド化は収益重視の経営方針には欠かせない要素である。マクドナルド化による医療の改革は、効率性を最大限に追求し競争原理の導入による徹底した価格競争で高収益低コストを目指すものである。
アメリカでは、すでに診療を短時間で済ますマック歯科医師が出現している。マック歯科医師は患者の求めに応じてインレー修復等の簡単な虫歯の治療のみを行っている。必要最小限の歯科治療を望む患者にとっては、マック歯科医師は通常の開業医へ行くより効率的で便利かもしれない。マック歯科医師は予約なしに治療してくれるので患者にとって都合がよい。患者のより少ない労力と迅速な医療への需要が、マック歯科医師のようなマクドナルド化のシステムと結びついた。
マクドナルド化は、短時間により多くの患者を診療することを医師に要求する。無駄を省く効率性の追求は、医師と患者の接触時間を減少させるため医療は人間性を失い、医師は患者をモノとして扱い患者は自分が作業ラインの上に乗せられたモノになったような錯覚を起こさせかねない。従って、収益を重視する歯科医院経営のスタイルでは医師と患者が話したり治療を受けたりする時間は極めて短くなり医師と患者との関係は希薄になる。例えば、抜歯後の洗浄に時間をかけるのは対費用効果に劣るのでできるだけ短い時間に処置を終え、次の患者の治療を行えば医院の収益に貢献することになる。しかし、患者と歯科医師が抜歯という体験を共有することを通して生まれてくる会話があり、その会話から両者の信頼関係が深まることもある。
また、健康保険制度では技術料が低く抑えられ(二木、1985、 p.44)、薬剤・材料・検査費が高くなりがちだという指摘が以前からある。これは主に計算可能性の追求から生じていると考えられる。健康保険制度が医療の計算可能な薬剤・材料・検査などの部分に傾いており、計算不可能な医師の技術や「一人一人を丁寧に見る」ことはあまり考慮されない。計算可能性が重視される環境では時間がかかり治療費の少ない処置は敬遠される。
規制改革によって民間活力を最大限に引き出すことを目的として、「構造改革特区」がスタートした。ここでは株式会社による病院経営も解禁される。企業による病院経営の効果について米国の例を見てみよう。米国の医療機関では患者をより多く獲得し利益を最大化するため効率化が促進した。病院は非効率を排し、いかに短い時間に低コストで多くの患者を診るかということが関心事であった。世界最大の病院チェーンであるコロンビア・HCA社は効率的な経営を積極的に進めた結果他の病院に比べ1.5%低く材料や人件費などコストを削減することができた。しかし、経費削減にも関わらずコロンビア・HCA社の病院へ入院した患者の治療費は安くならなかった。同病院へ入院した患者は他の病院より8%高い金額が請求されたという事実がある。(李、 1998、 p.155)このような状況下では不利益を被るのは常に患者である。フランチャイズ化のように組織が大きくなればマクドナルド化は必要になる。合理性と効率性を追求しなければその経営は破綻するからである。医療の効率化は医療に競争原理を働かせることで赤字経営の続く病院経営の効率化やサービスの向上につなげるねらいがあり、米国の例で示されるように患者の利便性が強調されたが結果的には患者に利益をもたらさなかった。このように医療の効率化は患者に不利益を生じさせるので、医療システムの中に医療分野への株式会社参入やフランチャイズ化のようなマクドナルド化式経営が入り込まないのが望ましいと考える。


4. 終わりに

合理性は近代資本主義を支える重要な理念であった。効率性や合理性を追求するマクドナルド化は収益の増加をもたらすので産業社会の発展には欠かせない要素である。現代では、マクドナルド化が消費主義や市場主義と結びつき経済分野のみならず医療政策にまで幅広く拡がりつつある。特に最近の日本の医療政策は、保険者の医療機関への制御機能強化や医療機関間に競争原理を働かせるなど医療にマクドナルド化の特徴である効率性や合理性を問う動きが鮮明になってきている。
経済面では資本主義の発展に多大に寄与した合理性理論は人間理性を否定する側面を持つ。上述してきたように、医療は患者と医師が向き合う場なので合理性を追求する医療のマニュアル化などの非人間的システムの導入にはそぐわない面がある。マクドナルド化の医療への導入にあたっては、患者と医師が人間として接触できる医療環境を損ねることがないよう慎重な議論が必要である。
日本では、これまで「結果の平等」を重んじた健康保険制度を維持してきた。健康保険制度にはすべての人に健康な生活を保障する機能があるからである。国民誰もが費用の心配なく安心して医療を受けられる健康保険制度を維持することは大切である。医療における米国・英国の市場主義政策の経験に学び、日本は健康保険制度を維持しつつさらに人間的で良質な医療を提供するシステム構築が必要である。


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